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2013年2月28日木曜日

神秘的な朝もや

今朝は、格別に朝もやが深く、神社まわりはほとんど見えない状態でございました。
表参道からいつも見える田園風景すら、もやがかっていて、まるで雲の中にいるようでした。
ですが、それがなんとも言えない神秘的な雰囲気を醸し出していて、素敵でございましたよ。
写真ですとなかなか伝わらないのが残念ですが、もやの中にご社殿がうっすら見える様が何とも趣深く、風雅でありました。
早起きは三文の得なんて申しますが、その通り何だか得をしたような心地です。
朱塗りの鳥居の奥には、一の鳥居があるのですが、全く見えません。
左隣には運動公園もあるのですが、分からないほどでした。


しかしながら、本日は朝とはうって変わって、春らしい、暖かく穏やかな良い日になりましたね!
日増しに梅の蕾が大きく膨らみ、水仙の茎も伸び、桜や紫陽花も新芽が吹き出しています。

先日も茨城新聞さんが当神社の桜並木をご紹介してくださるようで、取材にいらっしゃいました。
どのように載せてくださるのか非常に楽しみです。
載りましたら、こちらでもご紹介させていただきますね。

2013年2月26日火曜日

ナメコ栽培実験!

本日は青空が広がり、気候も暖かく、とても穏やかな1日でしたので、絶好の神社掃除日和でございました。
連日の強風で神社の境内が落ち葉で散らかっておりましたので、綺麗になって清々しい気持ちです。
また、少し地面が乾燥しているようでしたので、植えたばかりの梅や桜、これから咲くであろうチューリップやハナミズキにも沢山水をやりました。
暦の上ではもう春ですが、花の咲く時期が今から楽しみでなりません!

そして、本日は神社境内にある切り株に、ナメコの植菌をいたしました。
クイックハンドルで切り株の表面に穴をあけ、ナメコの菌を差し込むようなかたちです。
上手くいくかは秋になってみないと分かりませんが、ナメコ栽培実験を始動いたしました(笑)
ご提案くださった氏子さん、手伝ってくださった大叔父さん、有難うございました!


調べてみましたら、滋賀県にはキノコの神社があるそうですね。
その名も、菌(くさびら)神社。
神社の名前の由来は、飢饉の際、神社の境内に沢山のキノコが生えていて、人々を救ったことによるそうでございます。

自然の恵みとは、誠に有難いものでございますね。
私も色々勉強させていただいております。

美味しいナメコが育ちますように!


2013年2月24日日曜日

新地舘澤天満宮、初天神

2月24日(日)は、新地舘澤天満宮にて初天神でございました。
菅原道真公(菅公)は、お生まれの日も、お亡くなりになった日も25日で、毎月25日は天神様の縁日とされております。
新地舘澤天満宮では、旧暦でお祝いをいたしますので、この日10時より神事が斎行されました。

総代さん方におかれましては、寒風の強い中当社境内の紙垂かえなど、諸準備をしていただきまして誠に有難うございました。

■新地舘澤天満宮■
住  所:結城郡八千代町新地508
御祭神:菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
平安時代前期に学者・政治家として活躍されました。承和12(845)年に京都の菅原院にて生誕され、5歳の時に和歌、11歳の時には漢詩を詠み、幼い頃から天才ぶりを発揮しています。常に真摯に「和魂漢才」の精神で猛勉を重ね精進し、最年少で方略試という最高至難の国家試験にも合格し、33歳で文章博士になり、宮中の教官として活躍して当代随一の大学者として尊敬されました。その後も異例の速さで昇進し、右大臣に任命され従二位を授けられるに至ります。しかしながら、そのことを快く思わなかった藤原氏により太宰権帥(だざいごんのそち)として九州に左遷されてしまいました。大宰府(現在の福岡県太宰府市)に赴かれてからは、身を慎まれ必ずや冤罪が晴れることを信じましたが、その地で延喜3(903)年2月25日に59才で亡くなられます。
御神徳:薨去後間もなく神として奉祀され、農耕の神(雷神)・学問の神・道徳の神・文道の大祖・詩歌や和歌の神・書道の神・芸能の神と仰がれ、学業成就や無病息災を願う神としても大きな信仰を集めております。
祭礼日:2月25日         初天神
      7月25日前の土日  祇園祭(夏祭り) 
      11月25日         例祭


神事の様子。
天神様の御神霊をお慰めするとともに、皇室のご安泰と国家の平安、そして今年の五穀豊穣や氏子地域の皆様の無病息災、更なる弥栄をご祈念し、宮司が祝詞を奏上申し上げました。
皆様にも、玉串を奉りてご拝礼をいただきます。

神事が終わりましたら、総代の皆様と直会をいたしました。
いつも美味しいお料理と、楽しいひと時を有難うございます!


菅公の御神徳は数えつくせませんが、主なものをご紹介させていただきます。

【農耕の、慈悲の、神】
菅公は雨と水をもたらす雷神(天神)と重なり合い、いつしか雷神そのもの、農耕の神として崇められるようになりました。やがて天神様として、慈悲の神などとして信仰に広がりをもっていきます。

【正直・至誠の神】
当代随一の学者・政治家であった菅公は、天皇さまより厚い信任を受け、日本の発展のため誠心誠意尽くされ、多くの人々に尊敬されました。その後、政略により無実ながら大宰府に左遷されましたが、皇室のご安泰と国家の平安、またご自身の潔白をひたすら神々にお祈りされました。それはお詠みになった 「海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞてらさむ」―――こちらの御歌にも表れています。
また、「9月10日」の詩・「恩賜の御衣」に象徴されるのは忠誠心。天皇さまから賜った御衣を毎日捧持し、余香を拝された菅公に至誠の権化として神格の一面を見ることができます。

【冤罪を晴らす神】
薨去されて後、菅公の無実が証明され、冤罪は晴れました。このことから無実の罪に泣く者達を救って下さる神、との信仰があります。

【文道の大祖】
北野天満宮開創後約四十年、当時文人として名高かった慶滋保胤(よししげのやすたね)が、北野社に捧げた願文に「天神は文道の祖、詩境の主」と仰ぐと認めて文にしたためたことに由来し、特に文章を嗜む人には利益があるとしています。
また、代表的な漢学者であった大江匡衡(おおえのまさひら)の願文にも「文道の太祖、風月の本主」とあり、同じように敬っていたことが窺えます。やはり、十代の始めに詩人として認められ、元慶元年(八七七年)には文章博士となった道真にあやかろうということなのでしょう。

【詩歌・和歌の神】
菅公は、住吉・玉津島と共に和歌の神と仰がれ、柿本人麿(かきのもとのひとまろ)、山部赤人(やまべのあかひと)と並んで和歌三神と呼ばれています。そのような訳で、北野天満宮では鎌倉時代から室町時代にかけて、法楽として連歌や田楽などの芸能が頻繁に催されており、『小倉百人一首』を選んだとされる藤原定家が、北野社に歌一巻を奉納している事からも、天神様が歌聖として信仰されていたことが窺えます。

【書道の神】
これは、江戸時代に広まった寺子屋の影響を受けているようです。命日の2月25日、毎月の25日には、天神講が行われ、天神像を祭壇に掲げ、神酒、菓子、餅などを供え、書道の上達と学業成就を願ったと言います。道真の墨跡そのものは伝わっていませんが、空海や和風書体の創始者とされる小野道風と並んで、「三筆」と呼ばれている程です。


新地舘澤天満宮の氏子の皆様が、天神様の御神徳を賜りまして、益々ご健康で今後更にご発展されますよう、当社神職一同、心よりご祈念いたしております。




2013年2月23日土曜日

乙女椿が咲き始めました!

神社の乙女椿が咲き始めました。
名前にピッタリの美しいピンクの花びらが幾重にも重なった可愛らしい椿で、今年も沢山の蕾を付けました。
気品ある佇まいが素敵ですね!

さて、椿というと「花がポトリと落ちるから不吉だ」などとして、縁起の悪い花というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、椿の花は今も昔も日本人に親しまれており、大変人気があります。

さかのぼれば椿は、縄文時代から人々の生活に使われていたようですね。
椿の木は堅く、しなやかなため、その特徴を利用して石斧の柄や櫛に使ったりしていたようです。
また「続日本記」には、渤海の使者に日本特産の椿油一缶を贈ったという記録が残っており、椿油は食用、灯用、化粧用以外にも「不老長寿の薬」ともされていたようで、寒く椿が育たない渤海国にとっては、大変貴重な油であったようです。

平安時代には、椿は宮廷や貴族の間で高貴な花、聖なる花木として扱われ、献上花、宮中行事、衣装、調度にも多く椿が使われ始めました。
現在、おめでたい植物としては中国風に松竹梅が定着していますが、江戸前期までは松竹椿を使うことのが多かったようですよ。

一般の民衆の間での椿の流行は江戸時代からのようで、椿が余りに流行しすぎたために、時の権力者がそれに水を差すために流布したのが迷信につながっていったようでした。
調べてみると、どの神社仏閣でも見事な椿の古木が大切にされていたようですし、丈夫で木の寿命が長いことからも、邪気や災いを払う木、不老長寿の木とされているようです。

椿は、世界に誇れる日本原産の花木。
当神社にも椿の木は4本程ございますが、この可愛らしい乙女椿を増やそうと思っております。
挿し木が成功するよう、頑張ってみます!


2013年2月17日日曜日

祈年祭

本日2月17日は、当神社でも祈年祭(きねんさい)を斎行いたしました。

祈年祭とは、神社で最も重要なお祭りのひとつで「としごいのまつり」ともいわれます。
この 「とし」は稲の稔りを意味し、春の初めに当たる時期に、一年間何の災いもなく作物が実りますようにと、穀物の豊作や産業の発展を祈るとともに国家・国民の安泰を祈願するお祭りでございます。
祈年祭をいつ執り行うかは地域や神社によって違いがあるようですが、宮中や伊勢神宮をはじめ、全国神社で、古くから重要な祭祀とされ、執り行われてきました。

日本は古来より、稲作を中心として成立し、発展してきました。
春には五穀豊穣を祈願する祈年祭、そして秋には豊作を感謝する新嘗祭(にいなめさい)、というように、稲作に関わるお祭りが国家の祭祀として取り上げられてきたのです。
祝詞では稲のことを敬意を込めて「奥津御年(おきつみとし)」といいます。

今年も無事にお米をはじめ農作物が豊かに実り、私達の食卓に届けられ、美味しくいただけますように。
当たり前ではないその御業に感謝をし、日々のお食事をいただきたいものですね!

2013年2月16日土曜日

梅の木と桜の木を植樹しました。

本日は、とても風が強く寒い1日でございましたね。
このような風の強い今時分、皆様は花粉症は大丈夫でしょうか。
当神社の杉も、花粉が目に見える程にその房が大きくなって参りましたので、私の鼻も花粉症の症状を訴え始めました(笑)
そろそろ本格的に花粉症対策をすすめていかねばなりませんね!

さて、本日は梅の木と桜の木を植えつけました。
当社の御祭神である菅原道真公は、梅の花をこよなく愛しておられましたので、当神社の境内にも梅の木を増やす計画をしておりまして、一昨年から始めて今年の分を合わせて17本の梅の木を植樹いたしました。
まだまだ増やしていきたいと思っております。

今年植えましたのは、以下の4種類の梅の木です。

梅の実が沢山生ったあかつきには、梅干しや梅酒を造りまして、お祭りの直会の際などに氏子の皆様にご神苑でできた梅を振る舞うことができたら素敵だと思い、今年はそれ用の梅も植樹してみました。
夢は膨らむばかりです。
そして、試しにしだれ桜も植えてみました。
当神社の裏参道には桜並木がありますが、しだれ桜はまだありませんでしたので、無事に大きく育ってくれれば良いなぁと願うばかりです。

桜の花が咲くのはまだ先ですが、梅の花がほころぶのはそろそろかと思います。
開花しましたら、またお知らせ申し上げますね。


2013年2月11日月曜日

紀元祭

本日は、紀元節ですね。当社でも10時より、紀元祭を執り行いました。
神武天皇建国の大業を仰ぎ、皇室の隆昌と国家の安泰をはじめ、氏子崇敬者の皆様の弥栄をご祈念申し上げた次第でございます。


本日2月11日は、「建国記念の日」と言われておりますが、本来は「紀元節」と言われ、初代天皇である神武天皇が橿原の宮において即位されたことを奉祝する日でございます。
といいますのも、先の敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって紀元節は廃止され、建国にかかわる神話も学校では教えなくなったのですが、昭和42年に国民の強い要望によってそれに応え、2月11日を「建国記念の日」として復活したのです。
名称は変わったものの、祝日法に「建国をしのび、国を愛する心を養う」と明記されたのは、誠に意義深いことでした。

本年は皇紀2673年。
我が国は、世界最長、万世一系の天皇陛下を戴き仰ぐ、世界最古の国でございます。
普段は西暦を使っていることにより、この永き歴史をご存じない方もいらっしゃることが非常に残念でなりません。

国を愛す心は、家族を愛す心、友人隣人を愛す心、そしてご先祖様を大切にする心と何ら変わりのないこと。
そんな大切な人達がいる日本という郷土を愛し、現代に生きる私たちは勿論、次世代の子供たちも、「日本に生まれてきて良かった」と心から自国を愛せるような、そんな国にしていきたいものですね。



2013年2月9日土曜日

芦ケ谷新田稲荷神社、初午祭

本日は、13時より芦ケ谷新田稲荷神社にて初午祭を斎行いたしました。
初午(はつうま)とは、2月の最初の午の日を指し、全国各地の稲荷神社の縁日です。
■芦ケ谷新田稲荷神社■
御祭神:宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
御神徳:商売繁盛・五穀豊穣の神様として、厚い信仰を集めております。また、安産や万病平癒、学業成就などにも御利益があります。
御祭礼:初午祭(2月最初の午の日)

初午祭の由来は、元々は和銅4(西暦711)年2月の午の日に、京都の伏見稲荷大社にご祭神である宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)が降臨したことからきております。
『今昔物語』や『枕草子』にもその初午詣の様子が記されており、平安時代の初期から熱烈な信仰があったことが伺えますね。
芦ケ谷新田の稲荷神社でも、五穀豊穣・商売繁盛・家内安全をご祈念いたしまして、初午祭が斎行されました。
神事の様子。
今年も神様の御陰様、自然の恵みの御陰様で、作物が豊かに稔り、氏子地域の皆様がこれからも変わらぬご守護を賜りますようご祈念申し上げ、初午祭の祝詞を奏上いたしました。
神職の拝礼の後、皆様にも、二拝二拍手一拝のお作法で玉串を奉りてご拝礼いただきます。
氏子の皆様が子孫繁栄いたしまして、弥益々にお立ち栄えになりますように!
神事の最後に、ご神前にお供えした御神酒をいただきます。
神様が召し上がったものを人が頂くことで、その神霊を人の体内に取り入れ、神様の力を頂く、という意味がございます。
皆様お揃いで乾杯です。
最後に、稲荷神社の御神札をおわかち致します。

直会の風景。
神様の御前で、皆様と和やかな楽しいひとときを頂戴いたしました。
また、いつも美味しいお料理を有難うございます!

皆様の願いが神様に届きますように。

なお、お写真は氏子さんにお願いいたしまして、沢山撮っていただきました。
こうして皆様にご紹介できましたので、ご協力いただきまして誠に有難く、深く感謝申し上げます。

芦ケ谷新田稲荷神社の氏子の皆様の益々の健康と弥栄を当社神職一同、心よりご祈念いたしております。
まだまだ寒い日が続きますので、お風邪にはお気を付けくださりませね。


2013年2月5日火曜日

神宮大麻暦頒布終了奉告祭

本日は、結城の健田須賀神社さんにて神宮大麻暦頒布終了奉告祭がございましたので行って参りました。
健田須賀神社
これは、各ご家庭の神棚におまつりする神宮大麻と暦の頒布が無事に終了いたしましたことをご奉告申し上げ、皇室の弥栄や国家の安泰、そして今年一年の平穏無事をご祈念申し上げるお祭りでございます。
とても穏やかであたたかな陽気の中での斎行となりました。


当神社でも、皆様の御蔭様を持ちまして、当社氏子地域並びに兼務神社氏子地域に、無事に神宮大麻と暦を頒布させていただきましたことを、この場所を借りましてご報告申し上げます。
年末のお忙しい中、またお寒い中にも拘りませず、総代さん方にはお骨折りをいただきまして、誠に有難うございました。
日本の総氏神様であらせられる天照大御神様をはじめ、氏神神社、崇敬神社の神さまより御神徳を賜りまして、今年一年の無病息災、平穏無事を当社神職一同心よりご祈念申し上げる次第でございます。

以降も、神宮大麻並び暦は頒布しておりますので、おまつりの際は社務所にお声かけくださりませ。


ちなみに。
神宮大麻は薄紙で包まれていて、そのままでは字がはっきりと見えないようになっていますよね。
この薄紙は、各家庭に届き、神棚に納められるまで、決して汚れることがないように神宮大麻の上包みとして施されているものですから、この薄紙は、神棚にお祀りする際に取り除いても差し障りありません。
(『神宮大麻・暦についてのQ&A』神社本庁参照)



2013年2月3日日曜日

節分祭

本日は節分。
当神社でも10時より節分祭を執り行いました。
と言いましても、当神社では神職のみのご奉仕でございまして、一般の方々は特にお呼びしておりません。
ですが勿論、ご参列ご希望の方はどうぞご自由にいらっしゃってくださいませね。
他の神社さんのような賑やかさはございませんが、のんびり穏やかに斎行しております。
 福豆をご神前にお供えし、その豆を弊殿・拝殿の四方・四隅に撒きます。
続きまして、当神社の境内にあるお末社(11社全て)にも豆を撒きます。

面白いのが、豆を撒く際の掛け声です。
普通は、「鬼は外、福は内」を繰り返し叫んで鬼やらいをするかと思うのですが、こちらの地域では、その後に、「福の神でぶっとめろーっ!!」と叫びます。
こちらに来たばかりの頃、最初に聞いた時は大笑いしてしまったのですが、大きな声で言わないと怒られてしまいます(笑)
茨城の違う地域では「福の神でぶっ飛ばせ!」や「福でもってぶっとめろ!」など多少の違いはあるようですが…地域性とは、面白いですね!

さて、節分とは本来、「季節を分ける」という意味で、季節が移り変わる節日を指し、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、1年に4回あります。
ところが、日本では立春が1年の始まりとして、特に尊ばれたため、次第に節分といえば春の節分のみを指すようになっていきました。
立春を1年の始まりである新年と考えれば、節分は大晦日(おおみそか)にあたります。
平安時代の宮中では、大晦日に陰陽師らによって旧年の厄や災難を祓い清める「追儺(ついな)」の行事が行われていました。
室町時代以降は豆をまいて悪鬼を追い出す行事へと発展し、民間にも定着していきます。


当家でも、ヒイラギの枝にイワシの頭を付けて玄関に飾り、家族で部屋と敷地に豆を撒き、夕食は恵方巻きとご神前にお供えした豆をいただきまして、余すことなく節分を満喫いたしました。


節分は古来より日本で行われている厄除けの行事です。
立春は1年の始まりということで、本日の節分で厄を祓い、明日から良いスタートをきることができますよう、心よりご祈念いたしております。