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2014年1月25日土曜日

東蕗田天満社、初天神祭~天神信仰とは?~

大間木天神社に引き続き、15時から当神社でも、初天神祭を斎行いたしました。
菅原道真公(菅公)は、お生まれの日も、お亡くなりになった日も25日で、毎月25日は天神様の縁日とされております。
新年最初のこの日は、特に盛大に氏子崇敬者の皆様とお祝いをいたします。
菅原道真公の御霊を御慰めし、皆様の家内安全と益々の弥栄をご祈念いたしました。


それにしても本日は思ったよりも気温が上がらず、暖かさにはやはりお天道様の力が必要不可欠なのだと、曇り空を見上げて想いました。
直会では皆様にお酒をついでいただきましたので、身体は随分あたたかくなりましたが、春の花咲く頃が待ち遠しいですね。


さて、この天神信仰とは、一体どのように発展していったのでしょうか。
少し長くなってしまいますが、この農村部地域の天神信仰についてご説明いたしたいと存じます。

天神信仰とは、天神(及び雷神)に対する信仰のことであり、現在では特に菅原道真公―――菅公のことを「天神様」として、畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいいます。
ですが、本来ならば「天神(てんじん)」とは天津神(あまつかみ)を指して言う言葉であり、特定の神を指していう言葉ではありませんでした。
私達の祖先は、山や木や岩、あるいは風や火や水といった自然の現象の中に神の存在を感じて畏れ敬い、そして部族の者達が飢え苦しむことの無いように、農耕や狩猟や漁業の収穫を、そうした自然の神に祈ったのです。
これが天神様の原型です。

やはり農耕民族にとってとりわけ大切なのは、農作物を作る上で最も欠かせない天候の問題―――すなわち雨の有無。
その雨を降らす雷様を、古代人は「天神様」として崇拝したのでした。
菅公の生まれる前から、こうした農耕神としての天神様をお祀りするお社が全国にあった形跡が残っていたようです。
当神社、東蕗田天満社も、神社が創建される前には天神様を祭る小祠とご神木があったといいます。
もともと東蕗田の地は雷の通り道であったらしく、よく木に雷が落ちて、雷に打たれて焼けた木を丁重に祀っておりました。
小祠はもうありませんが、末社の「雷電社」としてその名残を残しております。
やはり地域的に、関東平野の農村地帯に位置する神社として、菅原道真公をご祭神に据える前から、天神様―――農耕神としての尊崇があったことが窺えます。
今となっては、「天神様」イコール「菅原道真公」の図式が出来上がり、「天神様」と言えば菅公となりましたが、それは何故かというと、それは平安時代盛んであった「御霊信仰」と、菅公の悲劇的な死との結びつきが関係するからなのです。

菅原道真公は、無実の罪で藤原時平の讒言により左遷された九州の大宰府で、その生涯を閉じます。
そして菅公が亡くなった後の京都では、藤原時平を助けて菅公の左遷に加担したといわれる藤原菅根が落雷によって死去し、更に日蝕・地震・彗星、落雷などの天変地異、干ばつ、洪水などの災害等による農作物の被害を始め、疫病などが次々に起こったことから、世の中の人々は不安に陥りました。
また、延長8年(930年)には、宮中の清涼殿で雨乞いの協議をしている際に、にわかに黒雲がわいて落雷し、藤原清貫が死亡し、平希世は負傷するという事件が起こります。
その当時は、怨霊に対する御霊信仰や雷神信仰が盛んでありましたので、菅公の怨霊の仕業ではないかとの噂が広まり、これらが祟りだと恐れた朝廷は、菅公を天神として京都・北野の地にお祀りし、菅公の罪を晴らすと共に贈位(正一位太政大臣/位階の最高位)を行ったのです。
このように、清涼殿落雷の事件から徐々に菅公の怨霊は雷神と結びつけられていきました。
元々京都の北野の地に火雷天神という地主神が祀られていたこともあり、菅公が怒りを鎮められ、安らかに眠っていただく為にも、朝廷はここに北野天満宮を建立して菅公の祟りを鎮めようとし、菅公が亡くなった太宰府にも太宰府天満宮を建立しました。
引き続き菅公には987年に「北野天満宮大神」の神号が下され、また天満大自在天、日本太政威徳天などとも呼ばれることにもなり、恐ろしい怨霊として恐れられたのです。

しかしながら、平安時代末期から鎌倉時代ごろには、怨霊として恐れられることは少なくなりました。
この時代には天神様は慈悲の神、正直の神として信仰されるようになっていきます。
菅公の怒りが雷の形で現れると信じた人々の信仰―――つまり藤原氏の一部をはじめとする都の貴族達には、菅公(天神)は恐怖と畏怖の念で捉えられておりましたが、一般農民にとっては、水田耕作に必要な雨と水をもたらす雷神(天神)様として、稲の実りを授ける神、恵みの神と捉えられたからです。
農民達にとって、雨の多少は死活問題でしたし、雷を伴って雨をもたらすと考えられた雷神(天神)様は、彼等には生活を支える信仰の対象となりました。
また、「雷の落ちた田には稲がよくなる」という経験則も、これに関係しているようです。
今日天神様として祭られる菅原道真公自身、讃岐守時代には雨を願って雷神様に祈りを捧げた記録が残されています。

その後、天神信仰は、藤原氏や鎌倉幕府、足利将軍や豊臣秀吉・秀頼父子などの時の権力者の庇護のもとに更に強大なものとなり、仏教とも関わって地方にも広まることになりました。
また、広く民衆の間にまで浸透した天神信仰はやがて、恐ろしい怨霊から、菅公の学問に対する偉大な事績やその人柄から、【農耕の、慈悲の、神】【学問の神】【正直・至誠の神】【冤罪を晴らす神】【文道の大祖】【詩歌・和歌の神】【書道の神】【芸能の神】【唐渡天神】として崇められるようになっていきます。
このような変遷を遂げていきながら、各地に天神講などが普及し、全国の津々浦々に、天神様を祀る天満社・天神社が建立され、今の世に、学問の神・誠心の神として崇拝されていき、広く全国に崇敬されていきました。
また、北野天満宮や太宰府天満宮からの勧請も盛んに行われ、かくいう当社、東蕗田天満社も1288年に北野天満宮より御霊分けされてご鎮座なさっております。



少し長くなってしまいましたが、以上のように天神信仰には長い長い歴史がございます。
こうした経緯を調べてみると、大変面白いですね。
皆様も、お住まいの近くの神社の信仰の由来を調べてみてはいかがでしょうか!
一番手っ取り早いのは、その神社の神職さんに尋ねることですので、お気軽に質問してくださいますと、神職さんも喜ぶかと存じます。


大間木天神社、初天神祭~天神信仰とは?~

本日は、11時から大間木天神社にて、初天神祭を斎行いたしました。
菅原道真公(菅公)は、お生まれの日も、お亡くなりになった日も25日で、毎月25日は天神様の縁日とされております。
新年最初のこの日は、特に盛大に氏子崇敬者の皆様とお祝いをいたします。
菅原道真公の御霊を御慰めし、皆様の家内安全と益々の弥栄をご祈念いたしました。

■大間木天神社■
住  所:結城郡八千代町大間木390
御祭神:菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
御神徳:薨去後間もなく神として奉祀され、全能の神として病気平癒を祈り、無実の罪をはらして正直を守る神、文学・書道芸能の神として大きな信仰を集めております。
近年は特に学問の神として受験生の参拝も多く、合格祈願・学業成就・雷除け・火災除け・健康長寿・病気平癒等のご神徳がございます。
祭礼日:1月25日◆初天神
     11月25日◆例祭(秋祭り)


それにしても本日は思ったよりも気温が上がらず、暖かさにはやはりお天道様の力が必要不可欠なのだと、曇り空を見上げて想いました。
春の花咲く頃が待ち遠しいですね。


最後にご参列いただきました、氏子の皆様をパチリ!
素敵な笑顔を頂戴いたしました!


さて、天神信仰とは、一体どのように発展していったのでしょうか。
少し長くなってしまいますが、この農村部地域の天神信仰についてご説明いたしたいと存じます。

天神信仰とは、天神(及び雷神)に対する信仰のことであり、現在では特に菅原道真公―――菅公のことを「天神様」として、畏怖・祈願の対象とする神道の信仰のことをいいます。
ですが、本来ならば「天神(てんじん)」とは天津神(あまつかみ)を指して言う言葉であり、特定の神を指していう言葉ではありませんでした。
私達の祖先は、山や木や岩、あるいは風や火や水といった自然の現象の中に神の存在を感じて畏れ敬い、そして部族の者達が飢え苦しむことの無いように、農耕や狩猟や漁業の収穫を、そうした自然の神に祈ったのです。これが天神様の原型です。

やはり農耕民族にとってとりわけ大切なのは、農作物を作る上で最も欠かせない天候の問題―――すなわち雨の有無。
その雨を降らす雷様を、古代人は「天神様」として崇拝したのでした。
菅公の生まれる前から、こうした農耕神としての天神様をお祀りするお社が全国にあった形跡が残っていたようです。

やはり地域的に、関東平野の農村地帯に位置する神社として、菅原道真公をご祭神に据える前から、天神様―――農耕神としての尊崇があったことが窺えます。
今となっては、「天神様」イコール「菅原道真公」の図式が出来上がり、「天神様」と言えば菅公となりましたが、それは何故かというと、それは平安時代盛んであった「御霊信仰」と、菅公の悲劇的な死との結びつきが関係するからなのです。

菅原道真公は、無実の罪で藤原時平の讒言により左遷された九州の大宰府で、その生涯を閉じます。
そして菅公が亡くなった後の京都では、藤原時平を助けて菅公の左遷に加担したといわれる藤原菅根が落雷によって死去し、更に日蝕・地震・彗星、落雷などの天変地異、干ばつ、洪水などの災害等による農作物の被害を始め、疫病などが次々に起こったことから、世の中の人々は不安に陥りました。
また、延長8年(930年)には、宮中の清涼殿で雨乞いの協議をしている際に、にわかに黒雲がわいて落雷し、藤原清貫が死亡し、平希世は負傷するという事件が起こります。
その当時は、怨霊に対する御霊信仰や雷神信仰が盛んでありましたので、菅公の怨霊の仕業ではないかとの噂が広まり、これらが祟りだと恐れた朝廷は、菅公を天神として京都・北野の地にお祀りし、菅公の罪を晴らすと共に贈位(正一位太政大臣/位階の最高位)を行ったのです。
このように、清涼殿落雷の事件から徐々に菅公の怨霊は雷神と結びつけられていきました。
元々京都の北野の地に火雷天神という地主神が祀られていたこともあり、菅公が怒りを鎮められ、安らかに眠っていただく為にも、朝廷はここに北野天満宮を建立して菅公の祟りを鎮めようとし、菅公が亡くなった太宰府にも太宰府天満宮を建立しました。
引き続き菅公には987年に「北野天満宮大神」の神号が下され、また天満大自在天、日本太政威徳天などとも呼ばれることにもなり、恐ろしい怨霊として恐れられたのです。

しかしながら、平安時代末期から鎌倉時代ごろには、怨霊として恐れられることは少なくなりました。
この時代には天神様は慈悲の神、正直の神として信仰されるようになっていきます。
菅公の怒りが雷の形で現れると信じた人々の信仰―――つまり藤原氏の一部をはじめとする都の貴族達には、菅公(天神)は恐怖と畏怖の念で捉えられておりましたが、一般農民にとっては、水田耕作に必要な雨と水をもたらす雷神(天神)様として、稲の実りを授ける神、恵みの神と捉えられたからです。
農民達にとって、雨の多少は死活問題でしたし、雷を伴って雨をもたらすと考えられた雷神(天神)様は、彼等には生活を支える信仰の対象となりました。
また、「雷の落ちた田には稲がよくなる」という経験則も、これに関係しているようです。
また、今日天神様として祭られる菅原道真公自身、讃岐守時代には雨を願って雷神様に祈りを捧げた記録が残されています。

その後、天神信仰は、藤原氏や鎌倉幕府、足利将軍や豊臣秀吉・秀頼父子などの時の権力者の庇護のもとに更に強大なものとなり、仏教とも関わって地方にも広まることになりました。
また、広く民衆の間にまで浸透した天神信仰はやがて、恐ろしい怨霊から、菅公の学問に対する偉大な事績やその人柄から、【農耕の、慈悲の、神】【学問の神】【正直・至誠の神】【冤罪を晴らす神】【文道の大祖】【詩歌・和歌の神】【書道の神】【芸能の神】【唐渡天神】として崇められるようになっていきます。

このような変遷を遂げていきながら、各地に天神講などが普及し、全国の津々浦々に、天神様を祀る天満社・天神社が建立され、今の世に、学問の神・誠心の神として崇拝されていき、広く全国に崇敬されていきました。


少し長くなってしまいましたが、以上のように天神信仰には長い長い歴史がございます。
こうした経緯を調べてみると、大変面白いですね。



2014年1月19日日曜日

合格祈願~頑張れ受験生!!~

本日はセンター試験も2日目。
この季節になりますと、合格祈願や進学成就の御祈祷や、受験生やその親御さんの御参拝が増えて参ります。
希望と不安を抱えながら神社に訪れる受験生を見る度に、そして皆様の熱意がこもった決意や願いが書き込まれた合格絵馬を見る度に、心からの激励の想いと、試験までの身体健全をご祈念申し上げる次第でございます。


■菅原道真公ってどんな人!?■
当神社の主祭神でございます菅原道真公は、平安時代前期に学者・政治家として活躍されました。
承和12(845)年に京都の菅原院にて生誕され、早くも5歳の時に和歌を詠み、11歳の時には漢詩を作り、14・5歳で天才と賞賛され、幼い頃から天才ぶりを発揮しています。
常に真摯に「和魂漢才」の精神で猛勉を重ね精進し、最年少で方略試という最高至難の国家試験にも合格し、33歳で文章博士になり、宮中の教官として活躍して当代随一の大学者として尊敬されました。
その後も「文道の太祖・風月の本主」と仰がれ、異例の速さで昇進し、右大臣に任命され従二位を授けられるに至ります。
その生前のご功績にちなみ、「合格祈願」「学業成就」には高いご神徳があり、更に類稀なる昇進を重ねられたことから、「就職成就」「立身出世」を叶えて下さる「仕事の神様」としても、その歴史を以って崇敬を集めております。


菅原道真公は、天才と称賛されてもなお、努力を惜しまず勉学に励んだからこそ、学者として政治家として大成し、また人々からの尊敬を集めました。
ですので、「困った時の神頼み」だけではなく、菅原道真公を倣いに真摯に目標へ努力精進することにより、お力添えを賜ることができるかと存じます。
ご神前では、「合格しますように!」という強い願いと共に「今まで努力してきた自分の実力が十分発揮できますように!」とお祈りなさるのがよろしいでしょう。

私ども神職は「神様と人間との仲取り持ち」。
皆様の目標達成への強い想いとひたむきに努力するお姿を神様にお伝えし、御加護を賜りますよう、心よりご祈念申し上げます。


全国の受験生の皆様におかれましては、今まで学んできたことや、努力してきたこと、積み上げてきたことの実力が発揮出来ますように!!
頑張れ、受験生!!


2014年1月15日水曜日

古神札焼納祭(どんど焼き)

本日は小正月。
当神社でも古神札焼納祭(どんど焼き)を執り行いました。
総代さんの青木様と親戚の森様にお手伝いをいただきまして、重い重い門松を運んでいただいたり、解体作業をしていただいたりと、大変お世話になりました。
誠に有難いことでございます。

この行事では、お正月の松飾り・注連縄(しめなわ)・書き初めをはじめ、1年間神棚にお祀りしていた古札や縁起物などを家々から持ち寄り、一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事です。



どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、その1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、氏子崇敬者の皆様の無病息災・五穀豊穣をご祈念致しました。

レンジでチンしたお餅と違って、自然の火で焼いたお餅はとろけるようで、大変美味しいんですよ!
お末社にお供えしてあった小さめの鏡餅をお下がりとして私もいただきましたが、早くもまた来年が楽しみになってしまいました(笑)
お参りの方にもおすそわけしましたら、美味しいと仰ってくださり、嬉しく存じました。

まだまだ寒い日々が続きますので、皆様も風邪にはお気をつけくださいませね。


2014年1月12日日曜日

安静ファイターズ必勝祈願!

本日は、朝から地域の安静ファイターズ(少年野球チーム)の皆様が必勝祈願にいらっしゃいました。
寒波に見舞われている今日この頃、お寒い中にも拘わりませず、ようこそご来社いただきました。

当神社境内に隣接された県民運動公園にて、暑い日も寒い日も風の日も、いつでも一生懸命に野球に打ち込む皆様のお姿はいつも凛々しく、カッコ良いです!
今年も手足の怪我なく、元気に健康で野球を楽しめるよう、そして試合も充実した1年になりますよう、ご祈念申し上げました。


毎年ご神前にて、しゃんと背筋を伸ばして正座をし、私語もなく、拝礼の際はお揃いで二礼二拍手一礼なさる姿は、誠に礼儀正しく、見ているととても嬉しくなります。
また、お守りを受け取る際も、一礼し、有難うございます、と声をかけてから受けてくださる子もいらっしゃって、素直な良い子達だなぁ、といつも感動いたしております。
これも、監督様、コーチの皆様はじめ、父兄の方々の御教育の賜物でございましょう。
スポーツが子供に与える影響の素晴らしさを感じさせてくれる安静ファイターズの皆様でございます。

いつでも東蕗田天満社は、皆様を応援しておりますよ!
頑張れ、安静ファイターズ!!


2014年1月9日木曜日

東蕗田緑地環境保全地域の標柱、埋め戻し

当神社の境内は、【東蕗田緑地環境保全地域】に指定されております。
本日は、国定公園管理員の方々はじめ役場の方がご来社くださりました。


目的は、腐食して倒れてしまった標柱の埋め戻し作業の為です。
また、立てている標柱を全てチェックしてくださり、自然保護の御指導を賜りました。
お忙しい中にも拘わりませずご足労くださり、有難い限りでございます。

冬は緑が少ないので、今咲いている花はサザンカくらいですが、2~3月にはピンク色の乙女椿を皮切りに、紅白桃色様々な梅の花が咲き始めます。
それらはもうすでに蕾をもっておりますので、彩り豊かな境内になるのが、今から楽しみですね。
この緑豊かな境内の自然を守っていくことも、神職として、また自然保護指導員として大切なお役目でございます。
皆様の心を癒せるような境内づくり、維持管理に精進して参りたいと存じます。
皆様におかれましても、御理解ご協力を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
(たまに境内に、空き缶やペットボトル、たばこの吸い殻やお菓子の袋など、捨ててある時がございますので、悲しくなってしまいます。)


まだまだ寒い日が続きます。
お風邪にはお気をつけくださいね!


2014年1月8日水曜日

古札納所、ご奉納!!~お焚き上げについて~

本日は、ついに古札納所が完成し、めでたく奉納の日と相成りました。
奉製いただきましたのは、勿論我らが大叔父様、森 勝美様です!
お忙しい中にも拘わりませず、誠に有難うございました。


記念にパチリ!

当神社には、古札を納める場所として、斎竹を引き渡した簡易的なものを設けておりましたが、かねてよりこのような、屋根つきの古札納所の必要性を感じておりました。
思えば去年の春頃、「古札納所、作ってみませんか!!」と御依頼しましたら、快く引き受けてくださり、何となくのイメージをお伝えし、案ずるより産むが易し!とばかりに早速ホームセンターへ材木を買いに行ったのが始まりでした。
「防腐剤加工の材木が良いね!」「屋根も付けたいから、このくらいの大きさで良いかな…?」なんて話しながら材料を選び、私は希望に夢ふくらませて楽しかった思い出がありますが、実際に作るのは大叔父様ですので、何から何まで大変な御苦労をなさったかと存じます。
勿論、大工さんではありませんので、参考にするために各地の神社仏閣に参詣し、見て回られたとのこと。


ですが、元々手先が大変器用ですので、見事な出来栄えとなりました!
造りには釘など一切使わず、組み合わせで外れないようにし、更に屋根にはコバを使用し、竹で飾りをしつらえております。
境内の倒れた杉の材木からコバをひきはがしておりましたので、量的にも多く、繊細な作業だったかと存じますが、こんなに素敵な屋根にしてくださり、感動いたしました。


これからは、この古札納所に、一年間お祀りした御札・御守・縁起物、また注連縄・正月飾り等をお入れ下さい。
粗末にならぬよう、浄火によってお焚き上げいたします。
お納めしましたら神様にお参りし、今迄お守り頂いたことに感謝の心を捧げましょう。
※次の物を納める際は、古札納所には入れずに社務所にお声かけ下さい。
・神棚祓いが済んでいない古い神棚(清め祓いをしてからお焚き上げいたします。)
・お人形・ぬいぐるみ(御霊抜きをしてからお焚き上げいたします。)
不燃物(プラスチック・陶器・金属類等)はお預かりできませんので、御家庭で御塩にてお清めし、処分して下さい。

何卒、我が国の古き良き風習であるお焚き上げの意義を御理解頂き、皆様の御協力を心よりお願い申し上げます。


最後に、ご奉納いただきました森 勝美様におかれましては、いつも大変お世話になっておりますこと重ね重ね感謝御礼申し上げ、大神様の御神徳を頂戴いたしまして、末永くお健やかでいらっしゃいますことを心よりご祈念いたしております。

2014年1月7日火曜日

当神社裏参道桜並木の油絵、ご奉納!!

本日は、森 勝美様が当神社裏参道桜並木の油絵をご奉納くださりました。
誠に有難うございました!!


裏参道二の鳥居と桜並木ですね。
桜の花の描き方が非常に繊細で、近くからみても遠くから見ても大変美しく、感動しました!
桜の木が、すぐそこで息づいているかのような、春の生命の息吹を感じられる素晴らしい作品でございます。
社務所の応接室に飾っておりますので、ご来社の際は是非ともご覧くださいね!

森 勝美様におかれましては、心より感謝御礼申し上げ、今後の更なるご活躍をご祈念申し上げる次第でございます。
寒さ厳しき折、お身体にはくれぐれもお気をつけくださいませ。


2014年1月4日土曜日

安静MBC必勝祈願!

本日は、地元小学校の女子バスケットボールチーム、安静MBCの皆様が必勝祈願にいらっしゃいました。
安静MBCの皆様がいらしゃってから、もう3年目になりますね。
この時期、元気で可愛らしい皆様に会えるのを、神職一同楽しみにいたしております。


ご社殿前でパチリ!

監督様やご家族様のあたたかい愛情のもと、元気で可愛い女の子たちが、一生懸命頑張っておりますので、応援宜しくお願いいたします!
安静MBCの皆様におかれましては、大切な仲間たちと怪我なく充実した1年になりますよう、心よりご祈念いたしております。
本日は、お寒い中にも拘わりませず、ようこそ御参拝いただきました。

頑張れ、安静MBC!!

2014年1月1日水曜日

新年あけましておめでとうございます!

新年、あけましておめでとうございます。
この平成26年という年が、皆様にとりまして平らけく安らけく、また甘し年の佳き年でありますよう、当神社神職一同、心よりご祈念申し上げます。

本日は予定通り、日付が変わった1月1日0時過ぎに正月特別一番祈祷を斎行いたしました。
年が変わって1番最初に、神様に皆様それぞれの願意を奏上申し上げる大変縁起の良い御祈祷でございます。
夜の気候が例年よりも暖かかったこともあり、氏子崇敬者の方々に多くご参列いただき、嬉しく存じました。

夜が開けて元日の朝は、風もなく穏やかで、お天道様が凛と輝いて爽やかでございましたね。
1日中あたたかな陽気でしたので、皆様にとりましても、良い新年の幕開けとなったのではないでしょうか。

また15時より、元旦祭を執り行いました。
このお祭りは、新年を寿ぎ、国家の安泰・隆昌や世界の共存共栄を祈り、また氏子崇敬者皆様方のご多幸をご祈願する、大切な神事でございます。


さて、皆様がこのお正月に行かれる初詣ですが、まずはお住まいの近くにある氏神様にお参りし、ご家族様の健康と益々の弥栄をお祈りいたしましょう。
そしてその後、それぞれの崇敬なさっておられる神社さんにお参りされるのがよろしいかと存じます。
お住まいの地域とそこに住まう方々をお守りくださっているのは、まず氏神様でございます。
どうか、そのことをお忘れなきよう、お願い申し上げる次第でございます。


新年に言う「あけましておめでとうございます」という言葉は、年が明け歳神様を迎える際の祝福の言葉でした。
古来より日本人は、神様への感謝の言葉を人々の間で交わすことにより、心から歳神様を迎えたことを喜びあったということです。

改めて申し上げます。

新年、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます。