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2017年3月31日金曜日

天神様和歌御朱印のご紹介~桜の和歌~

いよいよ桜が咲き始めたものの、本日は少々冷え込んでおりますね。
明日も同じようにお天気がぐずつくようですので、桜の花もゆっくりと開花することでございましょう。

さて、桜の開花と共に天神様和歌御朱印に新しく桜のものが仲間入りいたしましたので、こちらでもご紹介申し上げます。



桜花 主を忘れぬものならば 吹き来む風に 言伝てはせよ
(桜の花よ、主人を忘れないでいてくれるなら、春風にのせて、私への伝言を届けておくれ。)
菅原道真公


「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という歌がございますが、こちらも同様に、京の家から大宰府に発つ時の歌として伝承されています。
梅の方が有名なので忘れられがちですが、道真公は梅だけではなく、桜にも歌を詠んでいたのですね。

別れの歌ですのでしみじみと切ない想いが込み上げて参りますが、道真公も自分の愛した桜の木が毎年美しく花を咲かせることを願っていたのではないかと思い、桜の御朱印は桜の花びらを沢山あしらってみました。


なお、天神様和歌御朱印は、季節限定ではございません。
「沢山の方々に菅原道真公のお歌を知っていただきたい」という趣旨から始めた試みですので、梅や桜の季節が過ぎても、お好きな和歌の御朱印をお受けになることができます。
ただ、ご来社いただいた際にはぜひその季節の自然の美しさと共に、その時期ならではのお歌をしみじみ感じていただきたいなぁ、と想いを馳せる次第でございます。

桜の時期が終わりましたら、また季節によって新しい和歌をご紹介したく思っております。

なお見開きですと、1頁の御朱印よりは少々奉筆に時間がかかりますので、土日祝日の混雑時にはどうかその旨ご容赦くださりますようよろしくお願い申し上げます。

2017年3月30日木曜日

裏参道桜並木、開花宣言!

本日は、春のそよ風が誠に心地良い穏やかなお天気に恵まれましたね。

さて、東京も3月21日に桜の開花宣言をいたしましたが、当神社の桜並木も本日開花宣言でございます!


今年は例年よりはやや遅めの開花となりました。
天気予報では、明日からやや下り坂のお天気で少々冷え込むようでございますので、近々の土日はまだちらほらの開花でございましょう。
来週からは暖かくなるようですから、もしかしたら来週の土日にはちょうど良い満開の時期を迎えて、その後1週間で桜の絨毯までのクライマックスを迎えるのではないか、と予想しております。

フェイスブックやブログでも開花状況は載せて参りますが、お花見の計画はお早めにお立てくださいませ。


例年のクライマックスの桜の絨毯。
上を見ても下を見ても、桜色の世界です。
今年も見られるのが楽しみですね!

当神社には、約200メートルの裏参道の桜並木に40本、他の場所に5本、と合計45本の桜があり、花の頃には、今こそ春爛漫と咲き誇って皆様の心を和ませ、楽しませてくれております。
また、夜はライトアップされており、昼間と夜間の両方、桜見物が楽しめるようになっております。
皆様も、情緒あふれる春ならではの季節感を、しみじみと堪能してみてはいかがでしょうか。
皆様のご来社を心よりお待ちいたしております!


2017年3月20日月曜日

天神様和歌御朱印のご紹介~梅の和歌~

本日は、春の暖かい陽気に誘われてか、ご参拝者様も多ございました。
御朱印をお受けになられる方も多く、今年から始めた見開きの御朱印が大変好評です。
当神社のご祭神であらせられる菅原道真公が詠まれたお歌を沢山の方々に知っていただきたい、という願いを込めて今年の2月から始めておりましたが、改めてこちらでもご紹介させていただきます。


菅原道真公は、幼少の頃より学問の才能を発揮され、わずか5歳で和歌を詠まれるなど、神童と称されました。
更に学問に励まれて学者としての最高位であった文章博士(もんじょうはかせ)となり、栄進を続けられましたが、驚くべきことは、学問だけでなく、弓にて百発百中の腕前を披露されるなど、文武両面に傑出した人物でいらっしゃったことです。

そしてその生涯の中で、お歌を30首ほど、遺されております。
(お歌の数には諸説ございます。)
それらは、春夏秋冬の季節の和歌をはじめ、至誠の歌、左遷されてからの心哀しき想いの歌など、その色合いは様々です。
特に春のお歌は多く、8首ほどございますので、2回目以降のご来社の方には1回目とはまた別の春のお歌を奉筆させていただいております。

季節限定にしてしまいますと、「沢山の方々に菅原道真公のお歌を知っていただく」という趣旨からは逸れてしまいますので、ご希望であれば梅の時期が過ぎても梅のお歌の御朱印を奉筆いたしますが、ご来社いただいた方にはぜひその季節の自然の美しさと共に、その時期ならではのお歌をしみじみ感じていただきたいなぁ、と想いを馳せる次第でございます。

ちなみに、裏参道桜並木の花が咲きましたら、道真公の桜の和歌と共に桜の絵をあしらった御朱印をご用意いたす予定です。

なお見開きですと、1頁の御朱印よりは少々奉筆に時間がかかりますので、土日祝日の混雑時にはどうかその旨ご容赦くださりますようよろしくお願い申し上げます。

暖かい春分の日

本日は春分の日。
祝日法では「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」とされています。
古来より人々はこの日を春の訪れを祝う日として、この日に近い戌の日には氏子が氏神神社に参詣し、五穀豊穣を祈る習わしがありました。

明治11年(1878年)に それまでの歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀して以降、「春季皇霊祭」と呼ばれ、 一般市民の間でも祭日とされました。
この日には、まず歴代のご皇霊(歴代天皇の御霊)に遙拝(ようはい)をした後に、それぞれのご先祖様の供養をいたします。 

春分の日は、「彼岸の中日」ともいい、お彼岸は、春分の日をはさんだ前後の3日間ずつ、計7日間あります。
お彼岸には、お墓参りをする習慣があり、祖先の霊を家に迎える盆とは違って、祖先に会いに行く行事としての色彩が濃いようです。
仏教に由来する行事と考えられているお彼岸は、日本にしかない行事で、豊作に欠かすことのできない太陽をまつり、祖霊の加護を祈る古くからの儀礼と結びついたものといわれています。

皆様も彼岸のあけるまでには、お墓のお掃除をしてご先祖様に尽くし、日頃の感謝の気持ちをお伝えしましたなら、ご先祖様方もさぞやお喜びになることでございましょう。
私も毎年御先祖様にご奉仕した後、美味しいぼたもちをお下がりでいただくのが、楽しみの一つでございます。

本日は誠に春らしい陽気で、良うございましたね!

墓掃除のイラスト

2017年3月8日水曜日

霜の花

今朝は、朝霜が美しゅうございました。
このように早朝、草木に降った霜が朝日を浴びて白くきらめく様が、一斉に咲いた花のように見えることから、古人はこれを「霜の花」と名付けて愛でたようですよ。


早朝限りのあっという間の刹那を彩る霜の花、何ともしみじみと趣深いものでございました。


2017年3月7日火曜日

神道のお葬式~神葬祭の豆知識~

「神葬祭について知っていただく」シリーズの今回は、神葬祭で知っておくと役に立つ豆知識についてのご紹介です。
今はインターネットで様々な情報が載ってございますので、少し検索すれば出てくることではございますが、少しでもご参考になれば幸いです。


■神葬祭の豆知識■

神葬祭の包みの表書き
神葬祭の参列者が持参するお包みの表書きは、「御霊前」「(御)玉串料」と書きます。
墨は薄墨で仏式と同じですが、不祝儀袋に蓮の絵がついたものや御香典と書くのは仏式ですから、購入時にはお気をつけくださいませ。
のし袋(不祝儀袋)は白無地の包みに、白黒、または双白の結び切りの水引をかけます。
霊祭や年祭の場合でも、表書きは「御霊前」「(御)玉串料」で結構です。


数珠は使いません
仏教の葬式では定番となっているお数珠ですが、これは神道の葬儀では使いません。
数珠はもともと僧侶が読経する際に数を数えるために使用していたものなので、神葬祭には必要ありません。


お葬式の服装
神道の葬儀でも、一般的な仏式のお葬式に着用する喪服で構いません。
喪服も近年では大分簡略化が進み、益々その傾向にありますが、男女共に正式と略式の喪服の差異こそあれど、一般的なお葬式の服装のマナーを参考に、地域のしきたりも勘案されてください。


戒名はありません
仏式ではお布施を払うことで戒名をいただきますが、神道には戒名というものはなく、全員に諡(おくりな)というものが付けられます。
男女別、年齢などによって諡は変わりますが、付けられないということはなく、諡をもらう為に支払う対価、戒名料のようなものもありません。
今使っている氏名は、神様と親から授かった大切な名前ですから、そのまま御霊(みたま)の名前になるのです。
この諡は、霊号(れいごう)とも言い、故人の御霊の名前として霊璽(れいじ/仏式の位牌にあたるもの)に書き記され、現在では一般的に、1.称名(たたえな)2.尊称(そんしょう)3.結辞(けつじ)などを記します。

1・称名:身分や老若、性別を示すものですが、現在では身分には関係なく、若い順に以下のような称名を付けることが多いです。

男性 嬰児(みどりご)・稚児(ちご)・童男(わらわご)・比古(ひこ・彦)・郎子(いらつこ)・大人(うし)・翁(おきな)
女性 嬰児(みどりご)・稚児(ちご)・童女(わらわめ)・比女(ひめ・姫)・郎女(いらつめ)・刀自(とじ)・大刀自(おおとじ)・媼(おうな)


2・尊称:氏名や称名の後に付けるもので、命(みこと)・之命(のみこと)・神(かみ)などです。「尊」は皇室以外には用いません。

3・結辞:霊璽であることを示すもので、霊・之霊・霊位・霊神・霊璽・神霊などがあります。

例)東蕗田太郎大人命(之)神霊
例)東蕗田花子刀自命(之)神霊



やはり、神道と仏教とでは死生観やお葬式の意義が異なりますから、お葬式を営む際または参列する際は、亡くなられた方に対して礼を尽くす為にも、ご遺族様に心からの弔意を伝える為にも、それぞれに応じたご挨拶、お作法を知っておくと大変よろしいかと存じます。

次回からは、霊祭・年祭に関してのご紹介をいたす予定です。

2017年3月6日月曜日

神道のお葬式~玉串拝礼のお作法~

「神葬祭について知っていただく」シリーズの今回は、玉串拝礼のお作法についてのお話です。
この玉串拝礼の際は、葬儀をあげるご代表者様をはじめ、参列者様全員に至るまで、皆様一人一人が故人の御霊が安らかならんことを祈る大切な儀式ですから、こちらでもご紹介させていただきます。


■玉串拝礼のお作法■


神葬祭の参列者並びに会葬者は、仏式の焼香の代わりに玉串拝礼を行います。
その際の二礼二拍手一礼の拍手は、そっと手を合わせる「忍び手」にて、音をたてないように2回拍手をします。これは故人を偲び、慎む心を表すためです。

順番が来たら祭壇に進み、まずご遺族に会釈をします。
そして神職(または葬儀場職員)の前に進み出て、一礼してから両手で玉串(榊の木)を受け取ります。

  【1】玉串を受け取る。右手は上から、左手は下から持つ。


  【2】胸の高さに持ち、神前の玉串案(台)の前に進み、軽く一礼する。
  【3】玉串を時計まわりに廻して、立てる。
  【4】左手を下げ、御霊安らかならんことをご祈念。


  【5】左手で玉串の根元を時計まわりに廻す、右手は玉串の真下に添える。
  【6】玉串を案にのせる。

  【7】二礼二拍手一礼でご拝礼。この時の拍手は「忍び手」といって、音を立てないようにそっと手を合わせる拍手をします。
  【8】軽く一礼して退きます。

最後に、席に戻る前に、再びご遺族に軽く一礼します。

なお、地方により榊の枝を使用しない所もあります。
場合によっては四拍手のお作法もございますから、地域性に準じてくださいませ。


次回も、神葬祭で知っていると役に立つ豆知識のご紹介をはさみたいと存じます。

2017年3月5日日曜日

神道のお葬式~神葬祭の流れ~

前回から「神葬祭について知っていただく」シリーズが始まっております。
引き続き今回は、神葬祭の流れについてお話をさせていただきます。
葬儀がどのような流れで進むのか、一つ一つの儀式にどのような意味が込められているのか、おおまかにでも流れを知っておくことは大変有意義なことかと存じます。


■帰幽奉告■
家族が亡くなった場合、まず帰幽奉告(きゆうほうこく)といって、家族が亡くなった旨を神棚、御霊舎(祖霊舎)に奉告します。
そしてその後、神棚や祖霊舎の扉を閉め、白紙を張り神棚を封じます。


神道では、死は穢れに通じるため、その穢れを神棚に入れないようにする為です。
この神道でいう「穢れ」とは、単に「不潔や不浄」だけを意味するものではなく、ご家族の死により気を落とし、生命力が減退している状態、これこそが「気枯れ(けがれ)」であるといわれています。
よって五十日祭までの忌中の間は、お供えや拝礼はしばらく遠慮し、故人のおまつりに専念します。
最近では神棚封じをやむなくご家族の手で行っている場合もあるようですが、本来は死忌にそまっていない第三者にお願いするものです。

※神道では一般には五十日祭をもって忌明けとしますので、その際に神棚や祖霊舎に張った白紙をはがし、それまで遠慮してきた神棚や祖霊舎のお祀りを再開し、平常の生活に戻ります。


■神葬祭の流れ■
神道では、神の鎮まる聖域である神社で葬儀を行なうことはほとんどなく、故人の自宅か、別の斎場で執り行います。
神葬祭は、様々な儀式から成り立っています。
細部については地域や諸事情により異なり、未だ統一しておりませんが、一例として神社本庁制定の次第についてみると、以下のようになっております。

1・帰幽奉告
(きゆうほうこく)
ご家族が亡くなった場合、まず神棚、御霊舎(祖霊舎)にその旨を奉告します。
この後、神棚の前に白紙を張り神棚を封じます。

2・枕直しの儀ご遺体は白の小袖を着せて通常北枕に寝かせます。
前面には祭壇を設け、お米・お酒・お塩・お水・故人の好物などをお供えします。

3・納棺の儀ご遺体を棺に納める儀式で、棺に蓋をして白い布で覆った後、全員で拝礼します。

4・通夜祭
(つやさい)
葬場祭の前夜に行い、生前同様の礼を尽くし、奉仕する祭儀。

5・遷霊祭
(せんれいさい)
故人の霊魂を霊璽(れいじ/仏式の位牌にあたるもの)に遷し留める祭儀。

6・発柩祭
(はっきゅうさい) 
喪家から葬場への出棺の際の祭儀。
この後柩を奉じて葬列を組み、葬場へと向かいます。
特別に葬場を設けず、喪家で告別式を執り行う場合は、それに併せて発柩祭を行い、出棺後に喪家内を祓い清めます。

7・葬場祭
(そうじょうさい)
故人の御遺体に最後の別れを行う祭儀(告別式)。
この後柩を奉じて、火葬場へ向かいます。

8・火葬祭
(かそうさい) 
御遺体を火葬に附する祭儀。
9・埋葬祭
(まいそうさい) 
お骨を墓所に埋葬した後、墓前にて行う祭儀。
墓所の四方に斎竹(いみたけ)を立て注連縄を引き巡らして行います。

10・帰化祭
(きかさい)
埋葬を終えた喪主はじめご家族が帰宅し、霊前に葬儀終了を奉告する祭儀。
11・直会
(なおらい)
葬儀でお世話になった神職や世話役などの労をねぎらって催す宴席のことです。
これによって葬儀に関する儀式はすべて終え、これより後は、霊祭(れいさい)として行っていきます。



これに引き続き、仮御霊舎に安置した霊璽(れいじ)の前で毎日お祭りを行い、これを霊祭(れいさい・みたままつり)といい、また墓前にもお参りをします。

霊祭のご説明に行く前に、次回は神葬祭で知っていると役に立つ豆知識のご紹介をはさみたいと存じます。


2017年3月4日土曜日

神道のお葬式~神葬祭の歴史、死生観について~

本日は、氏子さんの祖霊祭をご奉仕して参りました。
誠に暖かく穏やかな気候で、ご先祖様が喜んでおられるような良いお天気に恵まれまして、何よりでございました。
今回の祖霊祭では、ご自宅の御霊舎とご霊璽を新しくされたということで、遷霊祭と合祀祭にてご先祖様の御霊を和め祀り、またご先祖様の御守護を賜りましてご家族様の家が益々栄えますよう心よりご祈念いたした次第でございます。

こうした祖霊祭も仏式とは違った面がございますので、ご家庭それぞれの諸事情で執り行う祖霊祭祀についてのご紹介を、と考えたのですが、その話に至るまでにはやはり神道の死生観はじめ、歴史など、最初からお話しせねばならないのでは…と感じましたので、少々ページを割いてまとめることにいたしました。

お家のお葬式を神式で執り行う方々をはじめ、親戚からのお呼ばれで神葬祭や50日祭といった霊祭にご参列なさる方々のご参考になれば、何よりでございます。

そのような訳で、今回は神道のお葬式について、その中でも「神葬祭の歴史」や「神道の死生観」についてご紹介いたします。

◆ ◆ ◆


神道式で行われるお葬式のことを「神葬祭」といいます。
現在、日本で行われる葬儀の多くは仏式(仏教式)で行われていますが、もともと我が国には仏式ではない固有の信仰に基づく葬儀がありました。
このことは『古事記』や『日本書紀』等の古典にも記されており、古墳の出土品からも、古代における葬儀をうかがい知ることができます。

しかしながら仏教伝来以降は、急速に仏教の形式による葬儀が普及していき、さらに江戸時代になると寺請制度(人々は誰でも必ず寺に所属しなくてはならないという制度)が実施されたことから、その傾向は益々強くなりました。
そのような時代の中、江戸時代の半ば頃から我が国古来の葬儀のあり方を見直す動きが起こり、国学の興隆によって国学者らによる神葬祭の研究も行われるようになり、神職とその嫡子に限って神葬祭が許可されるようになったのです。
明治時代になると、一般人に至るまで神葬祭が許可されるようになり、全国へ広がっていきました。

神道では、人は亡くなると肉体は滅びても御霊(みたま)は残り、御先祖様(神様)となって子孫を守り続けて下さると考えます。
仏式は故人を極楽浄土に送るための葬儀ですが、神葬祭は故人の御霊をその家にとどめて、家の守護神となってもらうための儀式なのですね。
残されたご家族は、その御霊に対して篤くお祭りをし、御霊を和め、より高められた祖先神になっていただく為に心を尽くします。
これを祖霊信仰と言い、太古の昔から日本人の生活の中で培われてきたものです。

江戸時代の豊受大神宮の神官であった、中西直方は『死道百首』の中で、「日の本に生まれ出にし益人は 神より出て神に入るなり」と詠んでいらっしゃいます。
これは、「祖先の神々から命を受けた者は、やがて一生を終えると祖先の神々の許へ帰っていく」という意味で、この歌は実に明確に日本人の死生観を表しております。
つまり、日本人の生命は、祖先から自分へ、自分から子孫へと永遠に「血」と「心」の連続を形成していくのです。
言い換えれば、これは霊魂の不滅、霊魂の引継ぎ、とも言えるでしょう。


このように神葬祭は、太古より日本人の変わらぬ祖霊信仰を受け継いでいる日本伝統の尊い葬儀方法なのです。
仏式のお葬式だけではなく、神道のお葬式もあるのだということを沢山の日本人に知っていただきたいと、神職として心より願っております。

祖母の神葬祭にて撮影

次回に続きます。

2017年3月3日金曜日

春の朝もや

今朝は、今年一番の朝もやでございました。
この朝もやを見ると、いよいよ春が来たのだなぁ、と感じます。

 


 
 

もやもやは気になるけど…草を食むにゃ~。

撮影時には、うちの三毛猫ちゃんがお供してくれました(笑)


まるで雲の中を歩いているようなこの朝もやの風景は、是非ともおすすめしたい風景の一つです。
妖しげな雰囲気の中にも、神秘的な美しさ、瑞々しい自然の神々しさが感じられます。

例えるならファンタジー小説「霧のむこうの不思議な町」の如く、「朝もやのむこうの不思議な神社」といったところでしょうか。
もしかしたら、神様の世界と繋がっているやもしれません。